2009年 07月 17日 | | ▼
7月17日金曜日 トムラウシ山の遭難
トムラウシ山でたくさんの遭難者が出た。トムラウシ山には何度も登ったことがあり、大好きな山域である。しかし、トムラウシは天人峡からも遠いし、新得のトムラウシ温泉からも結構な距離がある。登るときはいつもテントを担いでいた。昔は南沼にテント場があったけれど、そこは廃止されて、もう少しトムラウシに登ったところに後から、テント場が移された。トムラウシ温泉から登る場合はそのテント場まで登ってくることにしていた。
ジイサン、バアサングループは天人峡から登ってきて、ひさご沼の避難小屋で一泊したのだろう。翌日雨ならばそのまま、避難小屋で沈殿していればいいものを、旅行社の予定のために、ガイドは出発したのだろう。体力があれば、ひさご沼からトムラウシ山頂までの登りはそんなにたいしたことではない。そこから新得のトムラウシ温泉へは下りだけなので、たいしたことはない。
雨の中を長時間歩く体力のないジイサン、バアサンには無理なコースだったのだろう。トムラウシは夏でも零下になることがあるとニュースでは解説しているけれど、なにもそんなことは北アルプスででも十分起こることである。実際、北アルプスで夏に氷が張るのを経験したこともある。
トムラウシに行くのに、テントも担がずに行くのは非常識であると思う。また、このジイサン、バアサングループではテントも担げなかっただろうから、まあ、行く資格がないと言えばなかったのだろう。旅行会社のひさご沼避難小屋に頼るという安易な姿勢も、非難されてしかるべきである。
トムラウシはすごくいい山なのに、そんなところで遭難されていやだなあと思う。
また、旭岳から白雲岳を通り、忠別岳を通り、化雲岳をとおり、トムラウシへ行くグランドツアーをやってみたいなあと思う。一週間のテント担いだ山行。
むかし、ひさご沼に秋に泊まっていて、もう一人の登山者だけの二人になったことがある。避難小屋は人が少なければ、テントよりは遙かに快適である。翌日の下山日は朝から雨だった。嫌だなあと思いながら、仕方なく、避難小屋を出発した。一人残るお兄ちゃんが見送ってくれたけれど、「こんな雨の中、わしやったら、よう行かんわ」と言われたけれど、翌日の飛行機の予約もあり、仕方なく、ずぶ濡れになって、天人峡まで下山したこともあったっけ。
トムラウシ山でたくさんの遭難者が出た。トムラウシ山には何度も登ったことがあり、大好きな山域である。しかし、トムラウシは天人峡からも遠いし、新得のトムラウシ温泉からも結構な距離がある。登るときはいつもテントを担いでいた。昔は南沼にテント場があったけれど、そこは廃止されて、もう少しトムラウシに登ったところに後から、テント場が移された。トムラウシ温泉から登る場合はそのテント場まで登ってくることにしていた。
ジイサン、バアサングループは天人峡から登ってきて、ひさご沼の避難小屋で一泊したのだろう。翌日雨ならばそのまま、避難小屋で沈殿していればいいものを、旅行社の予定のために、ガイドは出発したのだろう。体力があれば、ひさご沼からトムラウシ山頂までの登りはそんなにたいしたことではない。そこから新得のトムラウシ温泉へは下りだけなので、たいしたことはない。
雨の中を長時間歩く体力のないジイサン、バアサンには無理なコースだったのだろう。トムラウシは夏でも零下になることがあるとニュースでは解説しているけれど、なにもそんなことは北アルプスででも十分起こることである。実際、北アルプスで夏に氷が張るのを経験したこともある。
トムラウシに行くのに、テントも担がずに行くのは非常識であると思う。また、このジイサン、バアサングループではテントも担げなかっただろうから、まあ、行く資格がないと言えばなかったのだろう。旅行会社のひさご沼避難小屋に頼るという安易な姿勢も、非難されてしかるべきである。
トムラウシはすごくいい山なのに、そんなところで遭難されていやだなあと思う。
また、旭岳から白雲岳を通り、忠別岳を通り、化雲岳をとおり、トムラウシへ行くグランドツアーをやってみたいなあと思う。一週間のテント担いだ山行。
むかし、ひさご沼に秋に泊まっていて、もう一人の登山者だけの二人になったことがある。避難小屋は人が少なければ、テントよりは遙かに快適である。翌日の下山日は朝から雨だった。嫌だなあと思いながら、仕方なく、避難小屋を出発した。一人残るお兄ちゃんが見送ってくれたけれど、「こんな雨の中、わしやったら、よう行かんわ」と言われたけれど、翌日の飛行機の予約もあり、仕方なく、ずぶ濡れになって、天人峡まで下山したこともあったっけ。













